心理士・鈴木孝信の臨床日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 高尾山頂の楽園

<<   作成日時 : 2015/08/12 21:49  

面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

太陽が激しく照り付け、そしてアスファルトから熱気がわんと湧き上がる中、高尾山を登った。
頂上から更に足を進め、もみじ台を過ぎた山道の木陰に座りこみ、ボトル入りの水を流し込んだ。
そしてそのまま、何をするでもなくただそこに座り込んでいた。

周囲360度からの蝉の合間に、小鳥のさえずり。ヘリコプター。時折行き来する人の足音。蝿。
肌を蒸す熱と、肌を冷やす風。
柔らかににしびれる手先足先。腰の痛み。
草のにおい。
舌を微かに濡らす湿気。
そして僕の注視が注ぐ、葉の先端に留まるトンボ。

感覚だけが感じられた。
良いも悪いも、楽しいもつまらないも、楽も苦しいも、好きも嫌いもなかった。
これほど落ち着いている自分は、いままでいたことがない。
負担が一切感じられない。
八王子にいながら、楽園を体験したようだった。
むしろ、その状態が、それを感じている僕が存在する時空が、楽園なのだとその時思った。


翻って、先日Brainspottingの創始者、David Grand博士から、興味深い記事を紹介された。神経学者が書いたものだが、脳と感情の関係について論じている。その記事によると、現在一般的に信じている「感情と脳の働く部位」には、僕たちが教育され信じているほどには関係がないようだ。

脳と感情の関係で、メンタルヘルスの専門家なら必ず知っているものが、恐怖と扁桃体の関係だ。アーモンドの様な形をした、脳の深くにある、神経核の集まりで、これが活性すると、僕たちは恐怖を体験する。けれど、2009年から最低でも30の論文が発表されているが、その1/4程度しか、恐怖を経験しているときにその部位が活性していることを示唆していない、とその記事では述べている。「脳のある部分の活性=ある感情」という単純な話はなく、脳のある部分は他の部分と協力して色々な働きをしている、と結んでいる。


この論文と高尾山頂の経験を受けて、僕の中で何かが変わったような気がした。まず、東京マラソンにエントリーをした。もちろん、フルマラソンの経験はない。次に、瞑想中の体験が変わった。「楽園」を味わったという実感が、瞑想により強い集中を加えてくれているようだ。そして、自分が思うことが、今まで以上に「はかなく」感じられるようになった。頭に浮かぶ考えや記憶、イメージが、自分が苦しんでまでとらわれる価値があるものだとはもっと思わなくなったし、自分が良かれと思って理論的に考えたことにも過信をしなくなった。つまるところ、そういった(本来∞的に複雑なことが起きている脳活動を1つかみだけした)人間の考えは、高尾山頂の幸福感とは無縁なものなんだと思うようになったということだろうか。


少しずつ、少しずつとゴールが見えてきた、といったら傲慢だろうか。そう感じずにはいられない最近の体験だった。














テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
面白い 面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文

著書・翻訳書の紹介

高尾山頂の楽園 心理士・鈴木孝信の臨床日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる