心理士・鈴木孝信の臨床日記

アクセスカウンタ

zoom RSS コロラドでの武者修行後…

<<   作成日時 : 2015/07/23 21:04   >>

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

カウンセリング直後「上手くいった」と有頂天になることもあった。
また逆に「上手くいかなかった」と落ち込むこともあった。
自分が「上手くいった」「上手くいかなかった」と判断して、その自分の判断に基づいてうかれたり沈んだりするのだろう、そう考えていたし、そう読んでいたし、そう習っていた。頭では分かっていたけど、それが自分のものにはなっていなかった。

先日、クリニックからの帰りの京王線の満員電車で、はじに座り込んでいるサラリーマン風の50代位の男性を見かけた。その男性は、酔っていたのかもしれないし、また足に強い痛みを感じていたのかもしれない。座り込んでいることがいけないことで、自分は立つべきだと言わんばかりに、歯を食いしばって、しきりに自分の太ももに、ほぼ文字通り「鞭を打っていた」。げんこつで叩いている様子は、鬼気迫るものがあり、近くに立っていた3・4年生位の男の子は、不安げな表情を浮かべてお母さんにしがみついていた。

その様子を見て、僕も苦しくなってきた。あの人を座席に座らせてあげたい、そう感じた。そう思っていると、出発の呼び鈴とともにドドっとホームから何人かの人が乗り込んできて、押されて、いつものようにもみくちゃにされたまま電車が動き出した。僕はその人の手助けをできなかったことを悔やんだ。悔やんで、胸が痛むのを感じて、落ち込んで、と誰かを助けられなかったときにいつも感じるものが出てきそうになった。けれど、その前に一瞬だけ「それは本当に彼のためになるのか?」という考えが浮かんだのを僕の意識がとらえた。そこで僕は悟った。この状況で手助けすることは、僕がそうされたいだけであって、この人はそうじゃないかもしれない。事実、この人は何とか立ち上がり、新宿―調布間を耐え抜いて調布で降りて行った。手助けをすることは簡単かもしれないが、それが彼の自律性と成長の機会を奪うことにもなることに盲目であった自分に気が付いた。違う言い方をすると、独りよがりの善意があり、それができたできなかったに、今までずいぶん振り回されていたことに気が付いた。

カウンセリングも同じように感じる。自分の考えの中の「上手くいった。この人の役に立った」または「ダメだった。役に立てなかった」は僕の考えだけでしかなく、本当のところは分からない。人間の脳には1000兆の神経のつながりがある中で、自分の見方をその複雑でそれぞれ個性のあるクライエントさんに当てはめるのは、僕の傲慢な態度であると感じる。役に立ったら、また来てくれる。役に立たなかったら、いずれ来てくれなくなる。なぜかは問う必要はない。クライエントさん自身もなぜ来続ける、来なくなるの本当の理由は分からないのだから。


友人でも恩師でもあるDavid Grand博士と6月に会ったときに、彼は50人のマスター・セラピストに向かってこう言っていた。「毎回のセッションが大事です。毎回のセッションの一瞬一瞬が大事です」。当たり前のことだと思われるかもしれない。当たり前のことだけど、この言葉が僕の頭に残った。自分のおごりが見えたし、未熟さも見えた。そして自分の怠慢さが見えた。苦しみを持ったクライエントさんは、僕の専門性を5千円(クリニックでは1万円)もの対価を支払って購入している。その専門性が、自分の信念体系の塊で(それがいくらエビデンスで固められたものだとしても)押しつけがましいものだったことに、気づかされざるを得なかった。相手のことを知らないで、こちらで良し悪しを判断して、挙句の果てにその結果でセラピスト自身が有頂天にもなったり落ち込んだりもしたり。

こういったことが、6月の渡米で得た体験が処理された結果であると思うし、それは頭で理解するものより態度として表れ始めた。帰国後から僕のパフォーマンスはどんどんと高まり、集中力が増し、同調が高くなり、クライエントさんが語ること、または語らないことに対する自分の反応の中に、より冷静な気づきが見えるようになった。そこに、専門家としての誇りを感じた。ひょっとしたら、それはDavidからもらった黒帯ならぬ、黒い指示棒(数人しか持たないマスターの中のマスターの証)のおかげかもしれないが。


「鈴木先生に出会えてよかった」と号泣をしながら話してくれたクライエントさんの前で、僕も涙していた。それは僕が報われたからではなく、間違いなくクライエントさんの感情に同調したことからくる僕の生理反応だったことに気がついていた。これが僕が専門家としてすべき仕事だとはっきりと認識している。一瞬一瞬を今に生きる。自分の傾向や考え、好みでカウンセリングをするのではなく、クライエントさんと共有した空間で起きることを見逃さず、それに一人の善良な人間として全身で反応をしていくこと、それが僕ができる最善であり、役に立つかどうかというのは結果だということ、これを今後も信じていきたいと思っている。もちろん、望まれる結果はほぼ確実に生まれる。それが人間の体に備わった力であり、適切に引き出されれば、クライエントさんの脳と体がそれら自体を自ら癒すという結果が生まれるのは当然のことなのだから。



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ガッツ(がんばれ!)

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文

著書・翻訳書の紹介

コロラドでの武者修行後… 心理士・鈴木孝信の臨床日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる