心理士・鈴木孝信の臨床日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 体に残された記憶

<<   作成日時 : 2014/12/03 13:29   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

先日、駅で見かけた男性。
50代くらいだろうか、首に巻いていたネクタイだろうか、タオルだろうか、何かひも状になった布をぶんぶん、力強くエスカレーターの手すりにぶつけていた。
そして何やら必死の形相で叫んでいた。

現代社会では、こういった形で感情を出すことは周囲受けが良くない。
だから僕たちは、たとえ怒ったとしても「恥ずかしいから」とそれを人前では出さないし、強い怒りの場合であっても、なんとか押さえつけようとする。

体のことで言うと、交感神経が高ぶった「戦う・逃げる」の状態に、それをそのまま行動として出すことはあまりない。それを飲み込み、自分を説得し、やっと注意がそれることで、それを「終わったこと」としてやり過ごす(freeze、またはかい離)。それは人に害を与えない、自己完結した、社会的には立派な行為だともみなされるかもしれない。

でもそれは本当に「終わったこと」なのだろうか。
野生動物では、命の危険にさらされた時に、死んだマネをする動物もいる。北米のオポッサム(猫程の大きさのネズミ)が有名だが、オポッサムは、危険になると、その場で倒れこんで口をだらーんと開いたまま動かなくなってしまう。そして危険が去ると、むくむくとゆっくり起き上がり、体を震わせてその場から走り去るのだ。

この「体を震わせて」(ブルブルッ!)がポイントなのだが、これは「freeze discharge」と言われる。死んだマネをした状態の時は、高ぶっていた交感神経から、急激に副交感神経への神経活動の移行が起こって動けなくなる。死んだマネをする直前の、交感神経の高ぶりにより動く準備がされていた筋肉、臓器、血管等は瞬時に活動をやめてしまい、するずだった動きの記憶だけがそこに残る。死んだマネから解放されたあと、ブルブルッ!とするのは、するはずだった動きの記憶にアクセスして、その動きを実行し、脳の処理を完了させる。

現代社会人は、このfreeze dischargeをもっとする必要があるのではないかと思う。心身システムが活性するその事象(嫌な出来事等)のことを浮かべて、体の感覚にマインドフルになり、ただ感じていることをそのままにしておく。そうすることで、体の記憶はアクセスされ、体の感覚が生じ、そして脳の処理は完了する。そうすることで、その体の状態をもたらした事象が、本当の意味で、もう「過去のこと]になる。

抑え込んだ感情に関する体の記憶は、そのまま残り、次に放たれるときをただ待っている。駅で見かけた男性が、その怒りを出さず抑え込んでいたら(freeze、またはかい離)、次に同じような状況に直面した時、手には布切れではなく、かたく握られた拳、そばにある椅子、またはバッグに入っていたはさみやカッターが握られることになり、体に残されている「振り下ろす」動作の記憶を、そのまま目の前の人に対して行っていたのかもしれない。



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文

著書・翻訳書の紹介

体に残された記憶 心理士・鈴木孝信の臨床日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる