心理士・鈴木孝信の臨床日記

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zoom RSS 待ちきれない過ち

<<   作成日時 : 2014/04/28 14:23   >>

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「究極のマインドフルネスをもたらす眼」の心理療法、ブレインスポッティングの上級トレーニング、2日目を終了した。
2日目は、実習がメインでGrand先生のデモンストレーションの後に、ペアで教わった枠組み(テクニック)を時間をかけて実践する。

ブレインスポッティングは、セラピストにとって、カウンセリングを通じて終始マインドフルでいられる「型」であると僕は捉えている。セラピストがマインドフルでいることが、クライエントの深く刻まれた傷を癒す邪魔をしないまでか、癒しを促進する。昨日の記事のように、目の前の現実が見えなくなると、現実を見失ったセラピーにもなりかねない。これは、深く刻まれた傷を癒す邪魔をするだけでなく、さらに傷を深めることにもなりかねない。

セラピストはクライエントの脳のどこが働いているかについてマインドフルに観察する必要がある。トラウマの処理が進む脳の活性と、トラウマの処理が止められる脳の活性を見極め、できるだけ処理を邪魔しないように努める必要がある。その体現が「待つ」ことだ。待つ、というとヘルマンヘッセの「シッダールタ」の中でシッダールタが、唯一出来る3つのこと(待つ・考える・断食する)として語ったことで、マインドフルでいるためには必須だと思えるのだが、待つことを怠ることが、クライエントの処理を妨げる。

クライエントが感情と体の脳(皮質下部)にアクセスしているところにセラピスト介入をすると、クライエントは考える脳を使い始める。それがどんなものであろうと、言語を使ったコミュニケーションであるならば、クライエントの処理を妨げる。マインドフル的に言うと「いること(being)」であることから「すること(doing)」にモードが変わるからだ。だからクライエントをマインドフルに観察して、今どのモードでいるかをよく見極める必要がある。そして見極めることにマインドフルでなかったり、現実を見失っている状態だと、セラピストの都合(焦り・信念・催促される等)で早すぎたり、不必要な介入をすることになる。

セラピストの眼は、クライエントの脳を見て「いる」のか「する」のかを見極めるためのもの。月並みの表現だが、眼から鱗のトレーニングだった。実際に目から鱗が削げ落ちた気もした。

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