心理士・鈴木孝信の臨床日記

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zoom RSS 有能であると思えば思うほど、セラピストはクライエントを見失う

<<   作成日時 : 2014/04/27 12:31   >>

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「究極のマインドフルネスをもたらす眼」の方法、ブレインスポッティングの上級トレーニング1日目。
40人程の参加者が円となってGrand博士の話に耳を傾ける。
予想通り僕が最年少の様子。
上級トレーニングだけあって、参加者の殆どがブレインスポッティングを使いこなしているだろうことは、話す内容からすぐに分かった。8か月みっちりと200セッション以上ブレインスポッティングを使ってきたが、それでも経験不足であり、語学不足であり、セラピストとしての経験不足が劣等感を生み出す。そんな状況で1日目がスタートした。

究極のマインドフルネスをもたらす眼。それは3つの眼のことを言っている。1つはクライエントの眼。1点を見据えたそのまなざし、そしてクライエントが自分の内的体験を観察する心の眼のこと。そして3つ目はセラピストの眼。クライエントの反応を観察している眼のこと。これら3つはいずれもマインドフルな状態をもたらすし必要とされる、つまりその行為自体がクライエントとセラピストのそれぞれマインドフルネスだということ。

僕にとって、初めからブレインスポッティングは新しい心理療法ではなく、マインドフルにカウンセリングをする1つの形だったのかもしれない。「有能であると思えば思うほど、セラピストはクライエントを見失う」とは今日Grand博士が語った言葉だ。自分の内側に備わった知識に頼るセラピスト程、恋に恋する乙女のようなもの。目の前の現実を観られずに、自分の妄想を頼る。「38年間の臨床経験と積み上げてきた膨大な学術的知識があったとしても、到底目の前にいるクライエントを理解することができない」ともGrand博士は語った。人間の脳とは、それほど複雑なもので、新皮質で理解をし得るものではない。クライエント本人でさえ出来ないのに、他人であるセラピストが出来ると思うのは驕りにすぎない。

「知識が力ではない。気づく能力こそが力だ」そうGrand博士は話された。

カウンセリングを通して自由にマインドフルでいることはとても難しい。それは、サッカーのルールを知らないのに「では自由にサッカーをプレーしましょう」と言われるようなものだ。自由すぎて何をして良いのか分からない、自由に縛られた状態だと思う。だから「足だけを使って」という最低限の枠組みを与えられたほうが、セラピストはセッション中に上手にマインドフルでいられる。その枠組みがブレインスポッティングだと僕には思える。







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